手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その4 ゴリラはジョークを解す

というわけで、前回までは1番のクレバー・ハンス現象ではないというお話でした。次は2番の「サルのでたらめな手話を嘘やジョークと解釈している」のではないかという疑惑。

パターソンさんだと当事者尋問になってしまうので、これも第三者のスーザン・チェバリエル=スコルニコフさんに聞いてみましょう。

フランシーヌ (ペニー) パターソンに手話を教わっているゴリラの「ココ」は、印象的な非言語的ジョークの例を実際に私に見せた。

以前にちょっとだけ名前が出たピアジェの心理学の横断研究のために、ココの調査をしたんだとか。ゴリラはどれだけ真似ができるかということで、パターソンが目、鼻、耳と指すのをココにも真似させたんだそうです。撮影状況下で、ココは完璧に指示どおりの部位を指しました。

数週間後、また同じ実験を行うと、パターソンが目を指すのを見たココは耳を指しました。次に鼻を指すとあご…のように、パターソンの指示とはまったく別の部位を指すことを5分間くりかえしました。

最終的に、パターソンは腹を立てて叱り、ココに「悪い ゴリラ (bad gorilla)」だと手話をした。するとすぐに、ココは「おかしい ゴリラ (funny gorilla)」と手話をし、笑った。

私たちが人間に対してジョークと呼ぶのと同じ基準を使うと、ココの行動はジョークと解釈できる。そのうえ、ココの非言語的なジョークのやりとりは、彼女の「おかしい ゴリラ」と手話することによって確認できる

そもそも完璧にすべての指示をはずすというのは、逆にちゃんと分かってる証拠ですし、自分で「おかしい」と言っているわけです。パターソンが非難したとおり文脈を考慮すれば人間がやってもジョークと呼べる行動なのです。

そしてさらに、そもそも野生や動物園の手話をしない類人猿たちも嘘やジョークを理解すると言います。

段階6にあって、手話行動をしない類人猿は、知的に物体と物体、物体と空間、そして物体と力の相互作用を概念化する感覚運動能力を示す。その例として、彼らは一回の試行で適切に道具を発明と使用を行う。彼らはまた、欺瞞や嘘、ジョークを示す

またわけ分かんない系ですが、2歳くらいものごとが考えられる類人猿たちは、道具を考えて使うように目的を達成するためにはどうしたらいいのか考えて、だましたりや嘘をついたりするというのです。

フォッシーは、とても欲しいと望んでいる食べ物を独占しようと、野生の下位のゴリラが行う似たような、だますための策略を観察している。

フォッシーとは、数日前にGoogle検索トップにも表示されていた、動物学者のダイアン・フォッシー (Dian Fossey)のことですね!

たしかに、ゴリラのココやマイケルも植木を食べちゃったり 作業着を破いちゃったり、悪いことをして叱られると自分ではなく他の人 (またはゴリラ) がやったと嘘をついています。稚拙ではありますが、叱られないという目的を達成するための策略です。

ちなみに、野生の類人猿のジョークの例は書いていなかったのですが、ディスカバリーチャンネルのニュース記事から。

「言語に基づいたジョークの使用は、明らかに人間に特有のものだ」

進化心理学の教授、ダンバー (Dunbar) はディスカバリーニュースに語った。

「類人猿が、『事実上のジョークで遊ぶ』または、バナナの皮のような状況など、他人の不運を笑うという示唆はいくつかある。しかし、これらは表面上の観察だ」

実験まではしていないものの、観察では、類人猿はバナナの皮を踏んですべってころぶような他人の不運を見て笑うというのですね。ユーモアを理解するのですよ!

というわけで、手話を知らない野生のゴリラやチンパンジーも、もちろん言葉を使ってではありませんが、嘘をつき、ジョークで笑うのです。手話という手段を獲得した彼らが、それを使って嘘やジョークを言うのは十分考えられることなのです。

これが、「類人猿たちのでたらめな手話を嘘やジョークと解釈しているのではない」というチェバリエル=スコルニコフの主張でした。


手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その3 クレバー・ハンス現象ではない究極の証拠

前回もご紹介したとおり、チェバリエル=スコルニコフは、クレバー・ハンス現象ではない (ついでに無意識の合図でもない) と考えられる証拠を、認知 (cognition) の面から分析しつつ、いくつも挙げていきました。

まずは口論と間違いの訂正。

口論間違いの訂正は、ふたつの状況の観点の比較に付随して見られる ── 存在する状態と存在しない状態 ── それゆえ、知的な説明が要求される。したがって、それらは段階6の行動に分類される。明らかに、これらの合図は出せない。

またよく分かんないこと言ってますが、口論と間違いの訂正は、今ある間違ってる状況と、あるべき正しい状況のふたつを比較して考えられないとできなくて、人間の子供で言えば2歳くらいの頭のよさで、だから人が合図を出してさせられることじゃないよ、ということです。

たとえば、多分ココが檻の中にいたときの口論です。

ココ: 鍵 鍵の時間 (Key key time.)
先生: だめ、まだ時間じゃない (No, not yet time.)
ココ: 時間だ (Yes time.)
先生: 時間じゃない (No time.)

以前の記事で、わざとゴリラに誤解をさせようとするテストを批判しましたが、これは本当に人が意図していないので、合図は出せないですよね。そして、間違いの訂正

先生: (来客に口頭で) いいえ、彼女はまだ青年じゃないわ。まだ子供よ。
ココ: 違う、ゴリラだ (No, gorilla.)

これも前回の「よく眠れた?」と同じく、先生は人間の子供に当たる歳という意味で「子供 (Juvenile) よ」と言ったのですが、ココはその単語が分からなかったのか、ゴリラだと訂正しています。他人の会話を横で聞いて、勘違いではありますが訂正をする…これはたしかに合図ではできません。クレバー・ハンス現象でもありません。

ちなみに、ココは人間同士の会話に参加することはままあったようです。「良い (Good)」の手話のやり方を話している人たちに向かって、その手話をやって見せたこともあります。

他にも、以前ご紹介したココに「猿人間 (Apeman)」という曲を聞かせたときの話。あれも勘違いではありますが、直訳すると「猿男」なのでココは訂正していました。

加えて、ワショーとココは両者ともそれぞれひとりのときに手話をしているのが観察されている。彼らが、真似をしたり合図を出されたりはできないときにだ。

そう、彼らはひとりごとも言うのです (どんなひとりごとかは、過去の記事をどうぞ!)。誰の真似もできないし、誰の合図も受け取ることはできません。クレバー・ハンス現象では説明のできないことです。

まだまだいろいろな証拠を挙げていたのですが、論文の「チンパンジーからチンパンジーへの手話学習: クレバー・ハンスに対抗する究極の証拠」というタイトルの…ってタイトルですでにネタばれですよ、チェバリエル=スコルニコフさん!

タイトルのとおりなんで、とくに言うことないんですが、チンパンジーのワショーは養子のルーリスに手話を教えていたんです。これは計画的な実験で、かかわりのある研究員たちは、ルーリスの前ではごく一部の手話しかしないよう制限されていました。が、それ以上の手話をワショーから学んで、チンパンジー同士で会話していたのです。

…って、究極の証拠かもしれないけど、ゴリラのココじゃないじゃん…と言われたらそれまでなんですが!ココの究極の証拠も書いておいてくれたらよかったのに…。

あれですよ、ココには子供はいないから仕方なかったのかもですけど、マイケルと会話はしているのですよ!たとえば、ナショナルジオグラフィック誌にも掲載された有名な写真です! (下の写真はナショナルジオグラフィック誌のとは若干構図が違いますが、ほぼ同じです)

koko_signs_smile_to_michael.jpg
©2010 The Gorilla Foundation/Koko.org, Photographer: Ron Cohn, Koko Signs SMILE
「笑って!」無駄に終わったが、ココはマイケルの写真の中で笑いなさいと手話をした。このゴリラたちは、定期的に手話で談話をかわす。そして、マイケルはボランティアのベビーシッターに手話を教え始めた──好きな遊び「追いかけっこ」の手話などを。

無駄に終わったというのは、結局マイケルは写真で笑っていなかったということでしょう。マイケルが5歳の頃だと思いますが、ナショナルジオグラフィック誌には他に、ココが「くすぐって」とマイケルに手話する写真が掲載されていました。くすぐりっこは類人猿たちの好きな遊びです。

というわけで、カメラを向けられたら笑うくらいはクレバー・ハンス現象で説明できるかもしれません。しかし、写真を撮られているのに笑っていないマイケルに対し、カメラを向けられたら笑わなきゃだめだよと伝えるのは、クレバー・ハンス現象では説明できないことじゃないでしょうか!

長くなって申し訳ないのですが、最後に論文の結論から!

クレバー・ハンス現象、合図、そして類人猿の手話行動の認知的分析は、類人猿の手話行動が、他のふたつの現象より高度な認知的過程をともなっていることを明らかにする。

パターソンもこの結論に大喜びですよ!自著で、論文からの引用をしています (引用文のサイン行動とサイン語は、手話行動と手話のことです)。

人類学者であるスーザン・チェバリエル=スコルニコフは、クレバー・ハンス効果だけが、類人猿のことばの使用を、もっとも慎重にむだなく説明できるものではない、という私たちの結論を支持している。

“類人猿は、高度な認知過程を非言語的な面にもあらわす。彼らのサイン行動の中に、そうした高度な過程をみることができる以上、類人猿が身につけたサイン語を、たんなる手がかりやクレバー・ハンス効果だけに帰するのは論理にかなっていない

と、スーザンは述べている。

参照:
The Clever Hans Phenomenon, Cuing, and Ape Signing - The Sciences, June 1981, Vol.364
National Geographic, Oct. 1978, Vol.154, No.4
F・パターソン E・リンデン著 都守淳夫訳「ココ、お話しよう」

訂正とお詫び的な

2014年01月19日 , コメント 0件 , 日記
昨日、「手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その2」を書いて一瞬アップしていたのですが、よくよく考えてみるとこのペースで書いているといつ話が終わるか分からないことが分かりました。

本当にいろいろな人がいろいろな反論を微に入り細に入り…なので、なるべく広く伝えられるようにと思ったのですが、早くも断念しました…!

なので、「神話の終焉」シリーズでご紹介した話せないとする理由の4つにしぼって、それぞれの反論をご紹介することにしました。それにしたがって、「手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その1」も若干修正しました…が、基本的に言ってることは以前と同じなので、すでに読まれた方はスルーしてください!

今の「手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その2」は全面的に書き直した新しい記事なんですが…以前のを読まれた方はすみませんが、もう一度…申し訳ありません…!

残りもなるべく早く書き上げてアップしていきますので、今後ともよろしくお願いします!



あと、関係ないですけどシーサーブログくそ重い!!!!
ご案内
最近の記事
最近のコメント
カテゴリ
タグクラウド
過去ログ

ブログランキング・にほんブログ村へ
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。