手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その2 馬とは違うのだよ、馬とは!

近年、類人猿の手話の使用は合図、またはより具体的にはクレバー・ハンス現象に帰すると提議されている。しかしながら、これらの現象がなんであるか、他とどのような関係にあるのか、正確には明らかになっていない。

人類学者スーザン・チェバリエル=スコルニコフ (Suzanne Chevalier-Skolnikoff) は、一見同じに見えるクレバー・ハンス現象と類人猿の手話行動は、「認知 (cognition)」の側面から見るとまったく違うものだと主張しました。

認知というと「あなたの子よ」的なあれしか思い浮かびませんが、goo辞書によると、

3 《cognition》心理学で、知識を得る働き、すなわち知覚・記憶・推論・問題解決などの知的活動を総称する。

なんだそうで、早い話がものごとをどれだけ考えられるかということですね!それを、まだものごとをよく考えられない人間の赤ちゃんと比較して、ピアジェの思考発達段階説による分析をしました。

クレバー・ハンス現象が段階2の感覚運動的能力に基づいているようである。そして、合図が段階2と3の感覚運動的能力にあり、同様に模倣能力が段階3から6にある。一方で、類人猿の手話行動は、明らかに段階2から6の感覚運動的能力と、段階3から6の模倣能力に基づいている。

何言ってるか分かんねえよ!!!!

簡単に言うと、馬のハンスが見せたクレバー・ハンス現象は人間の赤ちゃんで言えば4ヶ月以下、一方で、話す類人猿たちは4ヶ月から2歳の人間の赤ちゃんくらい考えて手話をしているということです。

なぜなのか説明すると、また何言ってるか分かんなくなるので、そうだということにしておいて欲しいのですけれども、馬のハンスの質問への回答方法、話す類人猿たちの手話行動をひとつひとつ分析して、どういう認知、心の働きがあるのかを分析して得た結論です。

例えば手話チンパンジーのワショーちゃん、「開く (Open)」という手話を、手のひらを下に向けて横にくっつけた手と手を、離しつつくるっと回して行っていました。実はこれ、手話としては間違っているのです。ワショーは、手話の動作が実際の動作、例えば「飲む」「食べる」などに似ていることから、「開く」はこうだろうと推論してやり始めたんですね。

何をやっているのか分からず、ただご褒美目当てで、質問されると反射的にひづめを鳴らし始め、止める基準は周りの人の顔色という馬のハンスに比べると、ずっと高度なことをやっています。

なにより、教えていないことをやり出して、しかも間違っている、けれどもなぜそうしたのかよく考えると理由は分かる…こんな人の期待しようのない行動はクレバー・ハンス現象では説明できません。

このようなクレバー・ハンス現象では説明のできない手話行動は、他にもたくさんあります。ココもやっていますよ!

パターソン: 夕べはよく眠れた? (How did you sleep last night?)
ココ: 床 毛布 (FLOOR BLANKET)

一見意味の分からない答えですが、実はパターソンの聞いた質問を直訳すると「あなたは昨夜、どうやって眠りましたか」となります。

私の意訳が無理やりなんじゃないですよ?「How Did You Sleep Last Night?」という、そのものずばりの質問をされるサイトがあります。選択肢は、「Awful (ひどい)」「Badly (わるい)」「Okay (まあまあ)」「Well (よく)」「Great (ものすごく)」の6つです。本場の人々も「夕べはよく眠れた?」という意味で使っているのですよ!

というわけで、ココの答えは直訳にしたがうと正しいのです。ココはちゃんと床に毛布で寝ていました。これも、人の期待にそったクレバー・ハンス現象であれば上記サイトの選択肢が返ってくるはずですが、まったく違う意味で正しい答えが返ってきました。

このように、チェバリエル=スコルニコフは類人猿の手話行動を認知の面から分析し、クレバー・ハンス現象では考えられない会話を次々と挙げていきました。そして、「クレバー・ハンスに対抗する究極の証拠」を挙げます。


手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その1 人はみんな賢い馬

ここ最近、なぜかココちゃんの名言ではなく、「ココは本当は話ができない」系の記事ばかりが読まれているようです…このままではゴリラ語録としてのアイデンティティーの危機ですよ!というわけで、本当に話ができるという意見もご紹介したいと思います。

今回のお話にいたる経緯は「神話の終焉」というタグで全11回のシリーズになっています。読むのめんどくせえよ!という方のためにまとめると、ゴリラのココを始めとする話す類人猿たちは、本当は手話で会話なんかできていないと批判した人たちがいました。主な理由は:

  1. クレバー・ハンス現象だ - サルが話すように見えるだけ
  2. サルのでたらめな手話を嘘やジョークと解釈している - 話しているという思い込み
  3. サルは話し相手の手話の真似をする - 自分の考えを話していない
  4. サルの話すことに文法がない - 言葉を理解していない

これに対する反論を、ひとつずつご紹介したいと思います!まずは、1番クレバー・ハンス現象から!19世紀末の賢い馬が言葉を理解していると信じた人間たちの故事です。

人間: ねえ、ハンス。3+2 はいくつ?
ハンス (馬): なんか分かんないけど聞かれたからひづめ鳴らすわ…1、2…みんな反応ねえな…まだだな…3、4…お?みんな注目してるぞ?そろそろか?…5…あ、みんな驚いてる!ここだな、はい終了。
人間: すげえ!馬が計算問題を解いた!
科学者: その馬に目隠ししろや。おいハンス、3+2 はいくつだ?
ハンス (馬): え、ちょ…1、2…3、4…周りの反応が見えないから分かんない…5、6…まだかな…7、8…。
科学者: 見ろ、こいつ空気読んでるだけで言葉分かってねーから。

それと同じように、話す類人猿たちは、会話の中で人間の表情や身振り、声色など無意識の合図を察して話しているように見せかけているだけだという批判です。

言語学者のシービオクは、研究者たちの間でこのクレバー・ハンス現象が「偏在」していると批判しました。今回のお話は、そこからの続きです。

パターソンはニューヨーク・ブック・オブ・レビュー誌で、同じ言葉を使ってシービオクに言い返しました。

非言語的な合図は、類人猿と人間のコミュニケーションと同様、人間のコミュニケーションにも偏在している

人間も会話に使っている非言語的な合図が、なぜゴリラとの会話で見つかるとクレバー・ハンス現象と呼ばれるのか ヽ(`Д´#)ノ。人間だって会話の中で、まゆをひそめたり、うなずいたりや指をさしたりします (゚ー゚)(。_。)ウンウン。さらに人間は、表情や声色の届かない文章の中においてすら、工夫をこらして非言語的な合図を届けようとします σ(´∀`*)。

さらにこれが、どれほど重要なことかwwwww。文脈にそぐわない合図を出すと、聞いている方は混乱してしまいます (*^ー゚)b。その人の言葉の意味とはうらはらに、本当は何が言いたいのか分からなくなってしまうのです (*´艸`*)。言葉と合図は一体…とまでは言いませんが深い依存関係にあると言えます。

パターソンは、このことを自著で指摘しました。

私たちは、お互いに話しあっているとき、二重盲目テストのような状況の中に孤立しているわけではない。相手が話す通信文の意味を理解するとき、私たちは文以外の非言語的な手がかりで、いわゆる “クレバー・ハンス” 的な認識にも大きく依存しているのである

だからといって、言語事実がばくぜんとして、つかみどころがないということを正当化していいというわけではない。言語について、これが “真実だ” と確信をもっていうことが、きわめて困難であることを指摘しておきたいのである。

類人猿のサイン語の身ぶりは、たんなるクレバー・ハンス現象であるという批判は、この身ぶりのもつ基本的な側面を見逃している

そして、このパターソンの主張を支持したのが人類学者スーザン・チェバリエル=スコルニコフ。「なんでもかんでもクレバー・ハンス現象と言えばいいってもんじゃない、類人猿たちのやってることは別物だ」という論文を、ザ・サイエンシズ誌に投稿しました。(ちなみに、ややこしいのですが、テラスが火種をつけたサイエンス誌とは別の科学雑誌です)
参照:
Gorilla Talk - The New York Review of Books
F・パターソン E・リンデン著 都守淳夫訳「ココ、お話しよう」
The Clever Hans Phenomenon, Cuing, and Ape Signing - The Sciences, June 1981, Vol.364

もしかしてだけどー、もしかしてだけどー

2014年01月15日 , コメント 0件 , 日記
「ゴリラのココは本当に手話で会話ができるのか」には「その8」が二つあるんじゃないのー?

直そうかと思いましたけど、タイトル変わるとアクセス解析で足し算しないといけなくなるので、月末までこのままにしときます!で、忘れるんですよきっと。

先週はツイッターでご紹介いただいたとかで、ものすごい来客で感激です!検索で紹介元を見てリツイート先のツイートなんかも読んでみたりしたのですが…みなさん、ご慧眼で…。

「中国語の部屋」だと指摘された方がいて、なんだろうと思って調べたら論争の一面を端的に表した例え話でした。統語論と意味論の関係の話でもあるようで、まさにこれまでに書いた記事中の「文法」「意味」は、もともとの論文では「統語論 (シンタクス)」「意味論 (セマンティクス)」だったりして、ツイートした人は論争を知っていたのか看破したのか気になりました!

あとは、日本語の起源論争に例えた人とか。表面的な見え方から導き出した誤った結論を信じる人が絶えなくて、大昔にはっきり間違ってると決着がついていることが何度も蒸し返されて論争になるところは確かにそっくりで…正しい結論はまだ出ていないところなんかも!

なんかツイッターの人たち頭よさそうでちょっと怖いんですが、あれですよ?私は文系で論文のグラフとか見ても「あーギザギザしてんなー」くらいしか分からないのですよ?なにか指摘するときはやさしくお願いしますね?

ちなみに、一応ツイッターアカウントもあるのですが、ほとんどつぶやいていません。コミュ障なので、ニム・チンプスキーばりに自発的な発話がないのです。こっそり間違いとか指摘する際にご利用ください!

それから、意外とみなさんスマホがほとんどで、スマホページを見ていること。スマホページはほとんど手を入れてなくて、引用とそれ以外も区別がつきにくいし、スマホ対応にしたし広告も少ないからPCページを見て欲しいと思っててもやはりスマホページの方が多いです…!

PCページはXperia miniでしか確認してないのですが、実はiPhoneとかだと表示が崩れるとか見にくいとかだったりするのかな…。スマホページなんとかしたいんですけど、やり方がよく分からないのです…!

ツイッターの話ばかりで申し訳なかったのですが、ブログ村から来ていただいている方もいらっしゃるようで、ランキングバナーもクリックしていただいているようでありがとうございます。昔は毎日自分でもクリックしまくっていたのですが、また頑張って自分でクリックしまくろうと思います!

そんなわけで、今後ともゴリラ語録をよろしくお願いします。
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