ゴリラのココは本当に手話で会話ができるのか - その6 パターソン博士の反撃

…というわけで、そこからテラスとペニー・パターソンの間で、1983年の名高い血みどろのボクシング試合が持ち上がった。

と、サポルスキー先生はおっしゃるのですが、どの事件なのか分かりませんでした…!ご存知の方は教えてください…。かわりにテラスの論文から1年ちょっと経った1981年、サイエンス誌でのパターソンの反論から。

そもそもテラスたちが使ったココのデータは「不正確で誤解をまねく」と言っています。例えば、会話をさえぎる割合、自発的な発話の割合などのデータも全て間違っていて、ココはニムと比較してもより良い結果を出していると言います。

さらにテラスのやった厳格な実験的手法は「厳格な管理下での環境が動物の言語獲得に致命的」と批判しました。例えば、ココはくつろいだ環境でビデオ撮影をすると、話をさえぎったりする割合は低く自発的な発話の割合は高くなりますが、逆にカメラの存在を意識してしまう状況では、この割合が逆転してしまうと言っています。

そのほかにもあれやこれや主張してはいますが、テラスは同じサイエンス誌の中で、「多少ココがニムよりうまくやっていたところで根本的な問題は変わらない。だから類人猿が文法を覚えないという結論は変わらない」とばっさり切り捨てています。

そんな中でのパターソンの強烈なカウンターパンチは、ニムの教育が不適切だったとの指摘でした。ニムは46ヶ月間の間に60の別々の人々、しかも流暢な手話の話者ではない人々によって教育されていました。

…ニムは、彼よりも3語と半分くらいしか余計に手話を知らないような人々を (教師として) 持っていた。夏に現れては消えていく人々、例えば私のようにね。

おっと、サポルスキー先生も60人のうちのひとりでしたか。上記とは別のときにですが、

…実に私が一年生を終わった年の夏の始め、私はその夏をニムと作業をしながら過ごし、それは言葉にできないほど楽しくて、彼をくすぐったり彼はくすぐり返してくれなかったり、毎日一日中チンパンジーとこんなことをするのはわくわくすることでもあった。

と、ニムとの思い出を語っています。

しかも教育だけでなく、養育の環境も大問題でした。ニムは赤ちゃんの頃から無責任な養母たちの間をたらい回しにされ、何人目かの養母との別れを察知した際には怒り狂って噛みつき怪我を負わせるまでになっていました。

…その代わりにニムは、なかなかの失敗作なチンパンジーになってしまった。彼の人生の中で、基本的に彼を嫌っていた冷血漢のテラスを除いて誰ともきずなを築けなかった、という点でね。

人間の子供ですら複数の養母を渡り歩き、養父には嫌われ何十人もの現れては消える人たちから片言の言葉を教えられて育てられたとしたら…きちんと話せるようになるかは怪しいものです。


この記事へのコメント
まだコメントはありません。
コメントを書く
お名前:

コメント:

ご案内
最近の記事
最近のコメント
カテゴリ
タグクラウド
過去ログ

ブログランキング・にほんブログ村へ
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。