世界初の手話で会話するチンパンジー、ワショー - その1

ゴリラのココを取り巻く論争の中で幾度となく登場したワショー (Washoe) ですが、実はパターソン博士はワショーの成功を受けてココにも手話を教えることとなったのです。ワショーなくしてココなし、ワショーを知ることはココを知ることだと言っても過言ではないのです!

というわけで、ココの活躍した1970年代からさかのぼること30年弱、チンパンジーに口でしゃべらせてみようという実験がありました。ヴィキ (Viki) と呼ばれたこのチンパンジーは、結局「パパ、ママ、上、カップ (Papa, Mama, Up, Cup)」としか言えず、やっぱチンパンジーに口でしゃべらせるのは無理だよねという今さらな結論になりました。科学というのは当たり前のことでも実験して再確認してみるのが大切なのですよきっと。

心理学者の夫婦、アレン・ガードナー博士 (R. Allen Gardner) と ベアトリクス・ガードナー博士 (Beatrix T. Gardner) は、ヴィキの失敗はそもそも、のどの構造が違いすぎて声が出せないからだとこれまた今さらな考えにいたりました。でも、

…さらに、ヘイズたちのチンパンジー、ヴィキでの徹底的な研究は、発声による言語はこの種族には適切ではないことを示した。

サイエンス誌に論文としてこう書かれると、なんかすごいこと言ってる感じがしますけどね!そんなわけで、発声に頼らない手話であれば人と似た手の形をしているチンパンジーでも可能だと考えました。

1965年に西アフリカで生まれ、アメリカ空軍の宇宙飛行実験に使われていた幼いメスのチンパンジーを1966年6月21日に譲り受け、ネバダ州ワショーで「プロジェクト・ワショー」が始まりました。この地名がワショーの名前の由来です。

ちなみに、フルネームは「ワショー・パン・サティルス (Washoe Pan satyrus)」。どこかの魔王のような厨二臭のする名字ですが、チンパンジーの古い分類名が由来なのだそうです。ワショーはネイティブアメリカンの言葉で「人」を意味するそうなので、まさに人とチンパンジーを言葉でつないだワショーにふさわしい名前です!

というわけで、ガードナーさんの論文から。

われわれは、会話とみなすことのできる行動を発育したかった。この意向で、われわれはワショーにこのような行動を導くことのできる環境を与えようと試みた。制限、監禁は最小限、人間の幼児と同じくらいになるように。彼女の人間の話し相手たちは、友達で遊び相手で、同様に養育者で保護者だった。彼らは、ワショーとの相互作用が最大となるべく、多数の遊びと活動に引き合わせた。

人間の幼児が周囲の言葉を見て聞いて学ぶように、人間同士の生活や遊びなどの活動の中で学ぶように、ワショーにも学ばせようとしたわけです。ワショーの前で英会話は一切なし、ガードナーたちはお互いの会話も手話で行うほどの徹底ぶりでした。

ガードナーたちは独自の「これをやろう」遊びを開発し、楽しませながら集中させて学ばせました。好きなドライブに行きたいがために、ワショーは頑張って手話の指示を聞きながらお出かけの準備をしました。モチベーションをあげつつ学ばせる…なにやら人間にも効きそうな方法じゃないですか…!

そして、ワショーはおままごとの中で人形を相手に手話をするまでになりました。自分が話しかけられながらお風呂に入れられるように、ご飯を食べさせてもらうように、同じことを人形相手に行い、話しかけるようになりました。

俗に、学ぶの語源は「真似ぶ」と言われたりしますが、ワショーが手話を学んだのもまさに真似ることからでした。周囲の人が「歯ブラシ」という手話を使っているのを見て、ワショーは「歯ブラシ」を覚えました。ある日ワショーは、ガードナーの家でマグカップに入った歯ブラシを見てその手話をし、「あれ、こいつ歯ブラシって手話を覚えてるぞ?」というような具合でした。ワショーは花が好きでしたが、「花」という手話も「教えてないけど、いつのまにか真似して覚えたっぽい」とのことです。

また、人間の幼児がする「喃語 (なんご)」もワショーが手話を覚える大事な手法でした。喃語というと難語ですがイクラちゃんがやる「ばーぶー、はーいー」のことです!幼児が犬を見て「ばーぶー、だーだー、わんわん」と言うと母親が「わんわん、そうね、わんわん可愛いね」とあいづちをうつように、ガードナーたちはワショーにもそうしました。

…最初にワショーが「おかしい」と手話をする、そしてわれわれがする、そして彼女がする、などなど。われわれは彼女が始めたやり取りをする間、笑ったりほほえんだりした。そして、何かおかしいことが起きると、われわれはこの遊びを始めた。最終的に、ワショーは「おかしい」という手話を自発的に、概して適切な状況で使用するようになった。

こうして、「遊ぶ」や「歯ブラシ」のような具体的な物事だけでなく、「おかしい」という抽象的な言葉まで覚えていったわけです。

動物にものを教えるときに一般的な無理やり何かをやらせて、できたらエサをやるといった条件付け的な手法ではなく、まさに人間の幼児が周囲の人間との関係の中で言葉を覚えていく過程をチンパンジーで再現する手法でした。

ガードナー夫妻はワショーの覚えた手話数にはあまり興味はなかったとのことですが、最終的に350の手話を覚えたとされます。次は、その手話でどんなことを話したのか見ていきましょう!
参照:
Teaching Sign Language to a Chimpanzee. - Science, New Series, Vol.165, No.3894, (Aug. 15, 1969)
Washoe (chimpanzee) - Wikipedia
"Signing" chimp Washoe broke language barrier - The Seattle Times


この記事へのコメント
  1. お名前: 元教科書編集者さん 投稿日:2014年07月05日 21:57
  2. 拝読して懐かしい思い出がよみがえってきました。70年代の初めガードナー夫妻のアメリカン・サイン・ランゲージ(ASL)を使ったワシューとのコミュニケーション実験のことを知って、何とか教科書で教材化できないかといろいろ調べたことを思い出します。ワシューがヤーキース霊長類研究所のチンパンジーにASLを教えて、人間とチンパンジーが自由に会話ができるようになる日が来る。そんなことを考えていました。
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