ハーバート・テラスという人 (1/5) - プロジェクト・ニム

今さらですが、だいぶ前にコメントいただいて、テラスの研究について書くとお返事しておきながら放置状態なのを思い出しました。大慌てで書きたいと思います!

コロンビア大学の心理学教授ハーバート・テラス (Herbert S. Terrace) と言えば、大きな物議をかもした実験で有名な方です。映画やテレビ番組にもなったので、「映画 プロジェクト ニム」「奇跡体験アンビリバボー ニム チンパンジー」で検索してみてください。多くの方のレビューで、あらすじが紹介されています。

簡単にご紹介すると、このような経過をたどりました。

1973年11月19日生まれのチンパンジー、ニム・チンプスキーは人として育てられ、手話を学んで言葉を覚えるべく、生後2週間で麻酔銃で撃たれた母親から引き離され、テラス教授の元生徒で元恋人のステファニー・ラファージ (Stephanie LaFarge) に預けられました。

この最初の養母となったステファニーには7人の子供がいて、ヒッピーで金持ちの旦那と暮らしており、ニムはそこで人間の赤ちゃんとして育てられ、手話を学ぶはずでした…が、実際にはステファニーはニムにまったくしつけをせず、お酒を飲ませてマリファナを吸わせ、ニムが年頃になると裸体を見せて触らせ、ニムは旦那に嫉妬して大暴れするまでになりました。

ステファニーは1年半にわたって手話を教えるどころか記録さえつけておらず、テラスに呼ばれたコロンビア大学の研究生ローラ・アン・ペティット (Laura Ann Petitto) はそれを見ていわく、その家は「大混乱」で、

『ステファニーがニムのリビドーを固着させていることにぞっとした。』

そしてローラが2番目の養母となり、新しい家で新しい助手たちとともにニムを育て、手話を教えました。ニムは賢くすくすくと学び、一躍有名となり1975年のニューヨーク・マガジンの表紙を飾ったり、子供番組セサミ・ストリートに出演するまでになりました。テラスは大得意です。

『私は歴史を作るチンパンジーを手に入れた。』

しかし、ニムは大きくなるにつれ攻撃的になりました。人がニムに対して背中を見せるなど、少しでも弱みを見せるといきなり噛みつくようになりました。今も腕に傷の残るローラいわく、

『彼 (ニム) は血を流さずにはいられなかった。』

非常に嫉妬深かったニムは、テラスと恋仲になったローラを見て、不実をなじるべく2階の8メートルの高さの窓から飛び降りてつかみかかり、ローラの頭を道路に何度も叩きつけました。男性4人がかりで引き離したそうです。

『人を殺すかもしれない動物に人と同じような養育はできない。』

と、その役目を降りたローラの代わりにレニー・ファリッツ (Renee Falitz) が次の養母となったものの、ニムはレニーにも飛びかかり頬を噛みちぎりました。手術の後に再開したところ、ニムはまたもやレニーの頬めがけて飛びかかり、逃げ出したレニーいわく、

『悪いボーイフレンドとの別れのようだった。』

1978年、これ以上人を傷つける前にと、ニムは生まれたオクラホマの霊長類研究所に送り返されました。他のチンパンジーを見たことのないニムはおびえ、連れてきた女性にしがみつき、檻に入れられた後は必死で外の人たちに向かって「だっこして (Hug me)」と手話をしていたそうです。

ここで後にニムを救うことになるヒッピー、ボブ・インガーソル (Bob Ingersoll) と出会い、同情した彼と手話で話し、散歩に連れて行ってもらったり、大麻を吸わせてもらったり…しました。

『彼 (ニム) は楽しいことが好きだったよ ── 好きじゃないやつなんている?』

1979年には、テラスは例の論文を書き上げてサイエンス誌に投稿し、ご存知のとおり、この研究分野を壊滅させました。

その影響もあってか資金難となった霊長類研究所は、1982年にニムをエイズと肝炎のワクチンの薬剤研究所に売り飛ばしました。悲痛なことに、そこでニムを始めとするチンパンジーたちは小さな檻に入れられ、半狂乱になってニムから学んだ手話で研究員たちに話しかけていたそうです。

ボブがさまざまな方面に働きかけ、ある弁護士が人として育てられたからには人として弁護を受ける権利があると主張してニムを裁判所に連れ出し、判事はなぜかそれを認め、ニムは自由の身となりテキサスの動物保護区に送られました。

ニムはしばらくここで一人さびしく暮らし、吠えかかったプードルを床に何度も叩きつけて殺したり、会いに来た最初の養母ステファニーの足首をつかんで地面を引きずり回して射殺されそうになったりしたものの、後にお嫁さんを貰って子供をもうけ、いつも会いに来るボブと手話で「遊ぼう (Play)」と誘い合いながら、以前よりは幸せに暮らしました。

そして2000年3月10日、朝ごはんの準備をしているボランティアに「急いで (Hurry)」と手話した直後、心臓病で26歳という短い人生を終えました。

…こんな…こんなくされた実験がココちゃんの会話能力を否定してしまったのですよ…!一体どういうわけなんだ!…というお話が続きます!


この記事へのコメント
  1. お名前: ななしのゴリラさん 投稿日:2016年02月20日 11:21
  2. テレビのアンビリーバボーで見ました。
    研究者の意図は分かりますが、残念な実験でしたね。
    ボブさんの存在が貴重です。
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