チンパンジーから言葉を学んだチンパンジー・ルーリス (1/3)

世界で初めて人間以外の動物から人間の言葉を学んだ動物としても有名です。養母であるチンパンジーのワショー (Washoe) とその仲間たちから手話を学びました。

ゴリラのココちゃんと何の関係があるんだ!とお思いかもしれませんが、ココちゃんの手話はクレバー・ハンス現象ではない証拠 (※1) として取り上げられたチンパンジーでもあります。関係ないこともないのですよ…!

というわけで以前もお話したように、ワショーは育ての親ガードナー夫妻のもとを離れ、ファウツ夫妻に引き取られてオクラホマの霊長類研究所 (※2) で暮らしていました。ワショーはそこで1976年8月に最初の子供を産みましたが、先天的な心臓疾患でわずか4時間の命でした。

その後、1979年1月にはチンパンジーのアリー (※3) との間にセコイヤ (Sequoyah) という子供をもうけましたが、この子も2ヶ月のとき感染症で入院の後に亡くなりました。

ロジャー・ファウツ (Roger S. Fouts) は、このつらいできごとをワショーに伝えました。

『次の朝には戻らなければならなかった。ワショーはもちろん落ち込んでいて、完全にすっかり孤独で、誰とも手話をしていなかった。それで私は中に入ると、ワショーは目を輝やかせて私のもとにやってきて言った。「赤ちゃん、だっこ、だっこ (Baby, holding, holding)」

それは質問だった。ワショーはつまり「私の赤ちゃんはどこ?」と言っていたのだ。そして私は伝えなければならなかった。私は言った。「彼は死んだ。彼は終わったんだ」

そう言うとワショーの赤ちゃんという手話は、文字どおりひざの上に崩れ落ちた。ワショーの頭も崩れ落ちた。そして部屋のすみに行ってしまい、手話をするのをやめた。』

ファウツたちは何とかするために代わりの赤ちゃんを探し、ヤーキーズ霊長類研究所 (※4) から1978年5月10日生まれの10ヶ月のオスのチンパンジー、ルーリス・ヤーキーズ (※5) をもらい受けました。

1979年3月24日、セコイヤの死の15日後にルーリスはワショーのもとにつれてこられました。

『次の朝、私は中に入って「赤ちゃんだよ」と手話をした。ワショーはすぐに「赤ちゃん、赤ちゃん (Baby, baby)」と手話を始めた。とても興奮し始めて「赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん」と手をたたきながら、立ち上がって、毛を逆立てて、ものすごい興奮だった。

そして、ワショーが「私の赤ちゃん (My baby)」と手話をしたとき、これは困ったことになると分かっていた。ワショーが誤解しているのだというのは分かっていた。

私は外に出てルーリスをつれてきた。10ヶ月のルーリスは私の胸の中にいて、ワショーの囲いのところまで行った。おそらく60センチか90センチ離れたところまで来ると、ワショーはルーリスをじっと見つめた

ワショーはこのときずっと「赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん、赤ちゃん」と手話をしていたが、ルーリスを見るとワショーは座り込んだ。そして振り向いて「赤ちゃん」と手話をした。

明らかにそれが、ワショーの赤ちゃんではないことを悟ったのだ。それは見知らぬ赤ちゃんだった。』

ファウツはしがみついていたルーリスを残して去り、2匹は1時間ほど隣同士座ってお互いを見ていました。その後、ワショーはやさしく近づいてくすぐりっこや追いかけっこをしようと誘ったりもしましたが、ルーリスは黙って床に座り続け、周りの人を見ていたそうです。

夜になると、ワショーは亡くなった自分の赤ちゃんにしていたように、ルーリスと一緒に寝ようとしましたが、ルーリスは拒否してひとりで寝ていたそうです。ワショーが近づくと、ルーリスはどっかに行ってしまうので、最終的にワショーは好きにさせてそのまま寝たようです。

朝の4時になるとワショーは起き上がり、二本足でふんぞり返って歩き、手を叩いたり檻を叩いて大きな音を立て、ルーリスに「おいで、赤ちゃん (Come, baby)」と手話をしました。これにルーリスは驚いて目を覚まし、また音に怖がってワショーの腕に飛びついたそうです。

『ワショーは文字どおりルーリスを包み込み、仰向けになって寝た。そしてその瞬間から、彼らは離れられない関係となった。(※6)

その夜から2匹は一緒に眠り、ワショーはお母さんとしてルーリスの面倒を見るようになり、ルーリスもワショーをお母さんとして頼るようになったのだそうです。

そしてこの後、かねてからの計画にしたがい「プロジェクト・ルーリス」が始まりました。周囲の人たちはワショーとルーリスへの手話を制限し、ルーリスがワショーから手話を学ぶかどうかの観察が始まったのです。

※1 手話ゴリラ・ココは本当に会話ができる - その3 クレバー・ハンス現象ではない究極の証拠
※2 あのニム・チンプスキーが生まれた研究所で、テラスの実験後に送り返された研究所でもあります。
※3 Ally。おそらく、ニム・チンプスキーのお兄さんだと思います。年代、手話ができる、暮らしている場所などの特徴が一致していますので。1982年、ニムのように薬物実験に使われたあと、不明な仲介業者に売り飛ばされて以来消息不明となりました。
※4 オランウータンのチャンテックや、口で話すチンパンジーのヴィキが生まれた場所でもあります。
※5 Loulis Yerkes。世話係のルイス (Louis) とリサ (Lisa) をつなげた名前と生まれた研究所の苗字です。
※6 いい話のように語っていますが、そもそもルーリスって実のお母さんから引き離されたんじゃ…。




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