ゴリラが語る「神」とは

海外版のYahoo!知恵袋にこんな質問が載っていました。「ゴリラのココがイエス・キリストを受け入れたら、彼女は救われるの?」(If Koko the gorilla accepted Jesus would she then be saved? )

確かに言葉を理解するココに福音を伝え、信仰を告白したら、洗礼を授けることを拒む理由は無さそうなのですが、キリスト教関係者の見解を聞いてみたいものです。ゴリラはダメって言うでしょうけど。

当のココはそんな知恵袋民の疑問をよそに、独自の宗教観を持っているようです。

「ココは神について何らかの考えを持っているわ」とパターソンは私に語った。この心理学者はすごく嬉しそうだった。「私たちの会話はこうだったの」と彼女は言った。

パターソン: 神は誰?
ココ: 私 (Me.)
パターソン: 誰が世界を創造したの?
ココ: 別の 女 (Another woman.)

GORILLA JOURNAL VOL.24 NO.1によると、実際は “Another lip.” だったようです。おなじみの、ココが女性を指す手話です。

人間が「私が神だ」と言うとかなり危ない感じがしますが、ゴリラが言うと許されるどころか何か感慨深いものがあります。神という概念を理解していないだけとも考えられますが、あえて深読みしてみると、ココは世界は自分を通して見ているから存在している、と考えているのかもしれません。

自分がいなければ他人にとってはどうあれ、世界が存在しているかどうか知る由もないわけですから。自分が在るから世界も在る。その意味で世界を創造したのは、自分を産んだ別の女性という回答なのかもしれません。みなさんはどう思いますか?

ちなみに、さきのYahoo!知恵袋の回答ですが、関係のない回答や質問の感想だらけでした。ベストアンサーは「ゴリラでも死について理解できるのに、ここのYahoo民ができないのはどういうわけだ?」と、これまた何かピントの外れた回答。Yahoo!知恵袋は洋の東西を問わず同じようなものなんだなと、別の意味で感心しました。
カテゴリ: ゴリラの死生観

ゴリラが語る「人生の意味」とは

ココが有名になると、世間の人々からココに質問の手紙が届くようになりました。その中には「人生の意味」について教えて欲しいというものがあったそうです。

ゴリラに「人生の意味」を聞こうという人たちも大概です。彼らに万物の霊長としての矜持は無いのでしょうか。いくら英会話が理解できて、有名人に知り合いがいて、テレビに出たことがあって、私には何ひとつ勝てる要素が無いとはいえ、しょせんは類人猿じゃないですか…!

それはともかく、パターソン博士は当初、そんな難しい質問をしてココを苦しめるつもりはありませんでした。しかし結局、やむを得ずにその質問をしてしまったそうです。

「それは、雨で雷の夜だったの」

実は、彼女 (パターソン博士) にはニュースレターを間に合わせるための締め切りがあった。ココのファンたちに最新情報を提供し続けるためだけでなく、大型類人猿存続の問題を世間に注目し続けて貰うためでもあった。パターソンは自分の事について、その夜は考えることが出来ないほど疲れ果てていたと説明した。

「ココ、助けてちょうだい」パターソンは戦友に語った。「もう枯れ果てた。もう眠りたい。ねえ、ココ。お願い。どうしたらいいのか教えて」「電気を 消せ (Lights off)」ココは手話をし、笑ってくるくると回った。

しばらくこのような対話が続き、睡眠を奪われた心理学者は、またたく間に信念に忠実な者ではなくなってしまった。彼女はその質問 (人生の意味) をした。そしてココの答えは?

「人は礼儀正しくあれ。人は徳を持て (People be polite. People have goodness.)」


…こんなにいい言葉が聞けるなんて…ゴリラに聞いて本当によかった!おごり高ぶっていた自分を恥じたい気持ちです。今日からみなさんも座右の銘にしましょう!

この “Polite (礼儀正しい)” は “Fine (すばらしい)” と同じ手話なんだそうです。

ココは「あなたは誰?」と聞かれて「礼儀正しい ココ (Polite Koko)」と答えることもあるようですが、「礼儀正しくしなさい (Be polite)」と言って育てられたからかもしれません。ココが子供の頃、ブドウを盗もうとした時に「盗むのをやめなさい。そんな豚になっちゃダメ。礼儀正しくしなさい」とパターソン博士に叱られていたそうです。

また、「人はゴリラに礼儀正しくして欲しい」というメッセージを出すこともあるようで、ひょっとすると人生という大それた話ではなく、「みんなゴリラに礼儀正しくね」と言っているだけなのかもしれません。

このように色々と考えさせられるココによる「人生の意味」ですが、マイケルの答えはいたってシンプルで分かりやすいものです。1985年4月2日、カレンとの会話です。

カレン: ゴリラは人生についてどう考えているの?
マイケル: 笑って 拍手 いいね (Smile clap good.)

確かにそんな人生でありたいものです。万物の霊長ながら、この辺はゴリラに学ぼうと思います。
カテゴリ: ゴリラの死生観

ゴリラにとって、死は「大きな-苦しみ」?

死んだら身も蓋もないことになると述べたマイケルですが、実は前回の会話は、マイケルが孤児になった経緯を語った直後のことです。お気づきの方もいらっしゃると思いますが、マイケルの死に対する見解は、この時の出来事が大きく関係していると思います。

死んだら「鳥が 食べる (bird eat)」理由は、殺された両親の遺骸をハゲワシ等の鳥が食べるのを目撃したからかもしれません。また、ココもマイケルも「鳥」を侮蔑用語としても使用するので、ひょっとすると本当の鳥ではなく密猟者たちのことを指しているのかもしれません。

ゴリラや人は「挫折して (Pull-out-hair)」死ぬというのも、この時の強烈な体験が由来でしょう。ゴリラの家族はシルバーバックと呼ばれる雄のリーダーを中心とした群れを作りますが、群れが危険に襲われた時にはリーダーが必死に群れを守ろうとします。

マイケルが密猟者たちに襲われた際も、リーダーである父が戦う姿を見たことでしょう。ナショナルジオグラフィックの「怒れるゴリラとの付き合いかた」という動画で、怒りに燃えて荒々しくディスプレイ(威嚇行動)をするゴリラが見られますが、このような光景だったのかもしれません。そして、身を潜めて怒りが静まるのを待った研究者たちと違い、密猟者たちは銃などの武器で殺害することを選んだでしょう。

残された母親や他の大人のゴリラがどうなったのかも想像に難くありません。ナショナルジオグラフィックの「ストレスのケア、赤ちゃんゴリラ救出」にもあるように「ゴリラは自分たちの子どもを死にもの狂いで守ろうとする」ので、みんな子供を守ろうと戦って殺されてしまったのでしょう。そもそもマイケルの話によると食べられてしまったそうなので、食料としてゴリラの肉が目当てだったのですから、どちらにしても殺されていたでしょう。

“Pull-out-hair” には「挫折して」という意味の他に、「失敗して」「負けて」という意味もあるとお話しましたが、例えどの意味で使ったにせよ、両親と大人たちは自分を守ることに失敗して、負けて、挫折して死んで行った、ゴリラは敗北して死ぬのだ、と答えているわけですから切ない話です。

そんなマイケルにとって、死は “Big-Trouble” 「大きな-苦しみ」「大きな-不幸」以外の何ものでもなく、「哀れ (Sorry)」なことなのです。
カテゴリ: ゴリラの死生観
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