世界初の手話で会話するチンパンジー、ワショー - その2

ワショーはココと比べていわゆる名言があまりないのですが、それでもワショーの言葉として有名なのが池で白鳥を見かけて言った「水鳥 (water bird)」です。それまでに知っている単語を組み合わせて新しい単語を発明するという、人の言語において重要な特徴をチンパンジーも行っているとして注目されました。

また、以前ご紹介したワショーの動画に出てきた「私の 飲み物の 中の 赤ちゃん (Baby in my drink)」。これもチンパンジーが何かを見て言葉で描写することができるとして人々を驚かせました。

…でもどっちのケースも、テラス博士に言わせると誘導尋問だってことになるんですけど!

ちなみに、ワショーはなぜか靴が大好きだったようで、話し相手の靴をチェックすることが趣味だったそうです。そのときのやりとりとおぼしき会話もあります。

話し相手: それは何?
ワショー: 靴 (Shoe)
話し相手: その靴は誰の?
ワショー: あなたの (Yours)
話し相手: 何色?
ワショー: 黒 (Black)

そして、ワショーもココやニムと同様、くすぐりっこも大好きだったようで、
  • 「おいで、くすぐって (come tickle)」
  • 誰がくすぐるの?「あなた (you)」私は誰をくすぐるの?「私 (Me)」
などの会話も残しています。

ココは使わないけどワショーが使う手話として面白いものでは、「お願いします (Please)」があります。文字どおり何かをお願いするときに組み合わせて使っているようです。
  • 「お願い、行こう (Please go)」
  • 「外に出して、お願い (Out, please)」
  • 「お願い、飲み物 (Please drink)」

ココはペットの子猫を亡くして悲しみましたが、ワショーは2匹の子供を産んだものの2匹とも幼いうちに心臓病と感染症で亡くしました。そして、同じように子供を亡くした人間と悲しみの気持ちを手話で共有しました。

カット (訳注: 女性名 Katherineの短縮形) は、チンパンジーのワショーが17歳のときに毎日働きに来ていたボランティアだった。カットが妊娠したとき、ワショーは大喜びだった。ワショー自身は2回の妊娠を経験し (両方とも早死した)、それでワショーは常にカットのお腹とその中の赤ちゃんに注意を払っていた。手話を使い、彼女は赤ちゃんのことを聞いていた。

そして何の前触れもなく、カットはワショーに会いに来なくなった。カットが戻ったとき、ワショーは心からのあいさつをしたが、しかしいつもと違って彼女に距離を置いていた。ワショーはカットの不在で心を傷つけられていたかのようだった。カットはワショーに、なぜ会いに来なくなったのか伝えた。彼女は流産していた。

カットは手話した。「私の 赤ちゃん 死んだ」。ワショーは下を向き、そしてカットに向けて手話をした。「泣く (Cry)」。そして後に、カットが行かなければならなくなったときに手話をした。「お願い 人よ 抱きしめて (Please person hug)」
Los Angeles Times より

チンパンジーは涙を流すことはないのですが、目から涙のあとを指でなぞるように「泣く」と手話をしたそうです。彼らにも悲しみの感情があること、それをいつまでも覚えていること、そしてそれを他人と共感できるということでしょうね。パターソン博士も子供を亡くしたヒヒを例に同様のことを言っています

ワショーは後年、他の手話をするチンパンジーたちと一緒に暮らしましたが、その母性愛で彼らの女家長となっていたそうです。
参照:
Washoe - Friends of Washoe
Teaching Sign Language to a Chimpanzee. - Science, New Series, Vol.165, No.3894, (Aug. 15, 1969)
Washoe (chimpanzee) - Wikipedia
NEXT OF KIN: What Chimpanzees Have Taught Me About Who We Are. ... - Los Angeles Times



世界初の手話で会話するチンパンジー、ワショー - その1

ゴリラのココを取り巻く論争の中で幾度となく登場したワショー (Washoe) ですが、実はパターソン博士はワショーの成功を受けてココにも手話を教えることとなったのです。ワショーなくしてココなし、ワショーを知ることはココを知ることだと言っても過言ではないのです!

というわけで、ココの活躍した1970年代からさかのぼること30年弱、チンパンジーに口でしゃべらせてみようという実験がありました。ヴィキ (Viki) と呼ばれたこのチンパンジーは、結局「パパ、ママ、上、カップ (Papa, Mama, Up, Cup)」としか言えず、やっぱチンパンジーに口でしゃべらせるのは無理だよねという今さらな結論になりました。科学というのは当たり前のことでも実験して再確認してみるのが大切なのですよきっと。

心理学者の夫婦、アレン・ガードナー博士 (R. Allen Gardner) と ベアトリクス・ガードナー博士 (Beatrix T. Gardner) は、ヴィキの失敗はそもそも、のどの構造が違いすぎて声が出せないからだとこれまた今さらな考えにいたりました。でも、

…さらに、ヘイズたちのチンパンジー、ヴィキでの徹底的な研究は、発声による言語はこの種族には適切ではないことを示した。

サイエンス誌に論文としてこう書かれると、なんかすごいこと言ってる感じがしますけどね!そんなわけで、発声に頼らない手話であれば人と似た手の形をしているチンパンジーでも可能だと考えました。

1965年に西アフリカで生まれ、アメリカ空軍の宇宙飛行実験に使われていた幼いメスのチンパンジーを1966年6月21日に譲り受け、ネバダ州ワショーで「プロジェクト・ワショー」が始まりました。この地名がワショーの名前の由来です。

ちなみに、フルネームは「ワショー・パン・サティルス (Washoe Pan satyrus)」。どこかの魔王のような厨二臭のする名字ですが、チンパンジーの古い分類名が由来なのだそうです。ワショーはネイティブアメリカンの言葉で「人」を意味するそうなので、まさに人とチンパンジーを言葉でつないだワショーにふさわしい名前です!

というわけで、ガードナーさんの論文から。

われわれは、会話とみなすことのできる行動を発育したかった。この意向で、われわれはワショーにこのような行動を導くことのできる環境を与えようと試みた。制限、監禁は最小限、人間の幼児と同じくらいになるように。彼女の人間の話し相手たちは、友達で遊び相手で、同様に養育者で保護者だった。彼らは、ワショーとの相互作用が最大となるべく、多数の遊びと活動に引き合わせた。

人間の幼児が周囲の言葉を見て聞いて学ぶように、人間同士の生活や遊びなどの活動の中で学ぶように、ワショーにも学ばせようとしたわけです。ワショーの前で英会話は一切なし、ガードナーたちはお互いの会話も手話で行うほどの徹底ぶりでした。

ガードナーたちは独自の「これをやろう」遊びを開発し、楽しませながら集中させて学ばせました。好きなドライブに行きたいがために、ワショーは頑張って手話の指示を聞きながらお出かけの準備をしました。モチベーションをあげつつ学ばせる…なにやら人間にも効きそうな方法じゃないですか…!

そして、ワショーはおままごとの中で人形を相手に手話をするまでになりました。自分が話しかけられながらお風呂に入れられるように、ご飯を食べさせてもらうように、同じことを人形相手に行い、話しかけるようになりました。

俗に、学ぶの語源は「真似ぶ」と言われたりしますが、ワショーが手話を学んだのもまさに真似ることからでした。周囲の人が「歯ブラシ」という手話を使っているのを見て、ワショーは「歯ブラシ」を覚えました。ある日ワショーは、ガードナーの家でマグカップに入った歯ブラシを見てその手話をし、「あれ、こいつ歯ブラシって手話を覚えてるぞ?」というような具合でした。ワショーは花が好きでしたが、「花」という手話も「教えてないけど、いつのまにか真似して覚えたっぽい」とのことです。

また、人間の幼児がする「喃語 (なんご)」もワショーが手話を覚える大事な手法でした。喃語というと難語ですがイクラちゃんがやる「ばーぶー、はーいー」のことです!幼児が犬を見て「ばーぶー、だーだー、わんわん」と言うと母親が「わんわん、そうね、わんわん可愛いね」とあいづちをうつように、ガードナーたちはワショーにもそうしました。

…最初にワショーが「おかしい」と手話をする、そしてわれわれがする、そして彼女がする、などなど。われわれは彼女が始めたやり取りをする間、笑ったりほほえんだりした。そして、何かおかしいことが起きると、われわれはこの遊びを始めた。最終的に、ワショーは「おかしい」という手話を自発的に、概して適切な状況で使用するようになった。

こうして、「遊ぶ」や「歯ブラシ」のような具体的な物事だけでなく、「おかしい」という抽象的な言葉まで覚えていったわけです。

動物にものを教えるときに一般的な無理やり何かをやらせて、できたらエサをやるといった条件付け的な手法ではなく、まさに人間の幼児が周囲の人間との関係の中で言葉を覚えていく過程をチンパンジーで再現する手法でした。

ガードナー夫妻はワショーの覚えた手話数にはあまり興味はなかったとのことですが、最終的に350の手話を覚えたとされます。次は、その手話でどんなことを話したのか見ていきましょう!
参照:
Teaching Sign Language to a Chimpanzee. - Science, New Series, Vol.165, No.3894, (Aug. 15, 1969)
Washoe (chimpanzee) - Wikipedia
"Signing" chimp Washoe broke language barrier - The Seattle Times

カンジの名言?

ココに限らず類人猿と人間の会話を読んでいると、いかした会話に出くわすことがあります。以前ご紹介した「ゴリラという者は、腹毛の動物である」もそうで、実際にそういう意図だったのかは別として、何かすごいことを言っているように聞こえます。

キーボードで会話をするボノボ (チンパンジーの一種)、カンジもなかなか言ってくれます。アメリカのテレビ局 ABC の番組 Nightline でアナウンサーにインタビューを受けたときのこと、アナウンサーが本当に口頭で言った英単語が分かるのかテストを行ったそうです。

アナウンサー: たまご
カンジ: たまご (Egg)
アナウンサー: M&M (チョコレートの名前)
カンジ: M&M

初めての類人猿との会話で驚いていたアナウンサーに対し、カンジの言ったことがふるっています。

カンジ: 驚いたか (Surprise)

天才チンパンジーの不遜とも言うべき一言ですが、残念ながら彼の能力を誇示して言ったわけではないようで、実はこのとき、カンジはキャンディーの入った箱を指差していて、話ができたご褒美としてサプライズ (プレゼント) をちょうだいという意味で言ったそうです。

ちょっと興ざめですが、それでも聞いた感じはかっこいいのでお気に入りの言葉です。
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