ウンコを投げるゴリラと言語の起源

動物園のゴリラが人に向かってウンコを投げるというのはよく知られた行動です。例えばこちらの動画、騒音を立てて作業中の職員に向かって見事なスリークオーター投法を決めています。

ゴリラに限らずチンパンジーやオランウータンもウンコを投げるようで、理由は威嚇なんだそうです。ケンカを始めるとすぐに噛みつきあうのではなく、まず牙をむいて見せ、地面を叩き、木の枝を折り、落ちている物を投げ、つばを吐き、それらの行動のひとつとしてウンコも投げるのだそうです。相手をひるませ、退散させて流血沙汰を避けるためのディスプレイです。

動物園のゴリラがウンコを投げるのを求愛行動だとする話もありますが、信憑性は薄いと思います。ゴリラは非常に神経質で人の視線を嫌うため、人を追い払うための行動としてやっているのでしょう。あるいは、大騒ぎして逃げ惑う人間たちを面白がってやっているのかもしれません。いずれにせよ、相手を近づけるためのメッセージではなさそうです。

さて、ゴリラ、チンパンジー、オランウータンとくれば、同じヒト科の私たちも負けてはいられません。かの大楠公も千早城で敵兵にウンコを投げつけていますが、すでに紀元前4世紀のスキタイ人が格の違いを見せつけています。彼らは、やじりにつけたウンコを弓で飛躍的な遠距離に飛ばしていました。まさに万物の霊長としての面目躍如です。

ちなみに、このウンコを投げるという行動、馬鹿っぽく見えますが意外と高い知性に関わっているんだそうです。エモリー大学 (Emory University) のビル・ホプキンズ博士 (Bill Hopkins) は、チンパンジーが物を投げるプロセスとその脳の発達へ影響を調査し、次のような結果が判明したそうです。

よく物を投げ、よく狙いどおり当てられるチンパンジーは、より高い脳の運動野の発達とブローカ野との強い結合が見られるそうです。ブローカ野は運動性言語中枢とも呼ばれ、「言語処理、及び音声言語、手話の産出と理解に関わっている」そうで、つまり物を投げるという行為は、会話能力を発達させる前身となったことを示唆しています。

さらに、物を投げるのが上手なチンパンジーは、他のチンパンジーより群れの中で上手にコミュニケーションをとれることも判明し、物を投げることと会話能力の関係をさらに強く示唆しています。そして、物を上手に投げるチンパンジーは必ずしも身体能力が高いわけではないそうで、物を投げることが狩りのための能力ではなく、コミュニケーションの一形態として発達した可能性を示唆しているそうです。

というわけでまとめると、ヒト科の動物たちはウンコを投げあいながらコミュニケーション能力を発達させ、最も遠くまで投げられるようになった人間が最も高いコミュニケーション能力、つまり言語を獲得したというお話ですよ!

私もコミュ障なんで、コミュニケーション能力向上のためにウンコ投げようと思います。


ココが言葉を学んだ時代背景

人間以外の動物が言葉を話せるのか、というのは多くの人々の関心事だったようで、早くも18世紀にはオランウータンを教育すれば話せるのではないかと考えたフランスの哲学者がいたそうです。

その後、類人猿に言葉を教えようとする人も現れ、話すことが出来たと主張する人も現れましたが、この時代には言語学者のノーム・チョムスキー (Noam Chomsky) のように、「言語は人間の生まれつきの能力」という考え方と、心理学者のスキナー (B.F.Skinner) のように「言語は学んで覚えるもの」という考え方で二分されていたようです。

そんな中、1930年頃、言葉を教える事が目的ではなく子供の発達を研究するため、人間の幼児と一緒に育てられたグア (Gua) というチンパンジーが現れました。グアは話し言葉に人間の子供と同様の理解力を示し、例えば「鼻はどこ?」と聞かれて自分の鼻を指すことが出来ました。95の単語と文を理解出来ましたが、しゃべる事は出来ませんでした。

1950年頃には、言語障害の治療法に基づいて、ヴィキ (Viki) というチンパンジーにしゃべる事を教えようとした人が現れました。しかし結局、ヴィキが発音出来たのは4つの単語、「ママ (mama)」「パパ (papa)」「上 (up)」「カップ (cup)」だけだったようです。チンパンジーと人間では身体構造が違いすぎて、しゃべるのは無理だと分かっただけの研究でした。

そこで、発音に頼らない方法で言葉を教える方法が模索され、キーボードやジョイスティックを使うという面白い方法も取られたようですが、その中で最初に成功を収めたのが、アメリカ手話で会話が出来たチンパンジーのワショー (Washoe) でした。

1960年代半ばから手話を学び始めたワショーは、350の単語を覚え、初めて手話で人間と会話が出来た類人猿となりました。池で白鳥を見て「水 鳥 (water bird)」という単語を作り出し、類人猿にも創造的な言語能力がある証拠だとして有名になりました。一緒に言葉を学んでいた他のチンパンジーに、言葉の意味を教える事もあったようです。

それを受け、まだ大学院生だったパターソン博士が、1972年、ゴリラに手話を教え始めました。ココの成功は、皆さんご存知の通りです。

しかし、これらの類人猿たちが証明したと思われた言語能力は、再び否定されることとなりました。

1970年代半ば、ノーム・チョムスキーの「言語は人間の生まれつきの能力」という説に反駁するため、ハーバート・テラス (Herbert Terrace) はニム・チンプスキー (Nim Chimpsky) というチンパンジーに手話を学ばせました。偉大な使命を担ったニムでしたが、当初の目的とは裏腹に、ニムは「チンパンジーは言語を理解しない」という結論を出してしまいました。テラスは他の会話する類人猿も調査したところ、どの類人猿も、もちろんココも含めて、同様に全く言語を理解していないという結論に行き着きました。

当然パターソン博士は反論し、「育て方が悪かったんだ」とも言っています。ニムは無責任な養母たちにたらい回しにされ、テラスもニムに実験動物以上の関心は無かったようです。パターソン博士のみならず、助手や世間の人々からの愛情を受けて育ったココとは対照的です。

とは言うものの、テラスの結論は学者たちの間では支持されたようで、その後の言語学の研究と生理学的な研究もテラスの結果を後押ししました。ココとマイケルの後に手話で会話をするゴリラが続かないのは、(ゴリラの購入価格が非常に高いという事もあるでしょうが) こういった事情もあるのではないかと思います。

なぜチョムスキーが類人猿の言語能力を否定するのか、テラスはどんな結論を出したのか、そもそも言語とは何なのか、どれも非常に面白い話なのですが、私は読んでもよく理解出来ませんでした。でも、それは難しいお話だからであって、決して私の言語能力が否定されているのではないと思いたい。

ちなみに冒頭のオランウータンですが、哲学者の考えた通り、現在では教育を受けて手話で会話の出来るチャンテック (Chantek) がいるそうです。
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